【2012年 10月 23日】
「日仏マナーのずれ」26 薮内宏

沈黙
 織田信長と斎藤道三の会食では名乗っただけで、後はだんまりだったそうで、少し行き過ぎであるにしても、戦前には食事中は黙って食べる習慣がありました。主食であるご飯を中心に食べるので、食事に切れ目がなく食べ続ける結果、口の中に食べ物が入ったままでは、なにかを言われて返事をするのが難しかったからでしょう。それに武士社会では、いつ敵に襲われても対処できるように早く食べるのが習慣になっていたからでしょうか、今の産業戦士たちも、ゆっくり食べれば身体によいことがわかっていても、早食いが習慣になっているようです。

 日本では、くつろいだり、連帯感を強めるのに飲み会が重視されますが、フランスでは、食べる方が中心で、ホームパーティーをしても、飲み会とは言い難いように思います。会話を楽しむのは食事のときです。夕食は一家が揃って食事ができ、家族としての連帯感が強められる一時ですが、日本では親は残業、夫婦は別々の仕事で時間帯が異なり、子供は部活や塾で忙しい。銘々は自分の生活が大事で、家庭で孤独になりやすく、沈黙が支配しても止むを得ません。フランス人は、自分の生活を大切にするので、定刻に帰るのは当然であり、1年に25日間の有給休暇は遠慮なくとります。その権利があるからです。休みたければ会社を止めたらどうか、と言われません。残業をするのは主にトップの人たちでしょう。

 洋の東西を問わず、口の中に食べ物が入っている間は黙っています。話しているとき、口に入っている物が見えているのは格好が良いとは言えませんので、小さい子供には「黙って食べなさい」と言うのも当然です。日本では、食事の前のお酒のときは談笑できますが、食べている最中に話かけられると、返事をするのに口の中のものを急いで飲み込まなければならないのは迷惑です。食べ物が一時に食膳に出ていると、食事に切れ目がないので、談笑しにくいように思います。

 茶道では、黙って亭主の動作を見、黙って菓子を食べ、黙って茶を飲み、決まりきった言葉だけを交わすのはフランス人にとって不思議な感じがします。くつろぐのに会話を楽しむ民族と雰囲気をめでる日本人の違いでしょう。茶道の動作は実に合理的で無駄がなく、茶会では、身分の高下に関係なく、出席者が平等に扱われるのはすばらしい。茶会の季節や趣旨に応じて床の間を飾り、道具を揃えられるのを楽しんで、浮世のことをしばらく忘れて命の洗濯をする機会です。もっとも、形式にこだわって、ああ疲れた、と言って帰るようでは、良い茶会とはいい難いように思います。

 外国人は茶道に好奇心があっても、困ったことに、畳に座ることと抹茶の苦さにはへきえきします。外国人を茶会に呼ぶとき、飲むことだけを楽しむのではないことを説明する必要もあります。

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