【2011年 07月 20日】
「フランスの今と昔」 5 中津海裕子

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【革命記念日(Le 14 juillet)】
1789年のこの日にバスチーユが落ちた。7月14日が正式に国民の祝日となったのは1880年のことである。

さて、パリで革命記念日のイベントといえば、真っ先に思いつくのはシャンゼリゼ大通りの軍の行進とエッフェル塔の花火であろうか。このふたつを実際にパリで見るために必要なのは、何よりも忍耐力と長時間立っていても苦にならない服装、そしてピクニックセットだと思われる。

Défilé militaire
まずは軍の行進から。昨年の7月14日の午前中はバケツをひっくり返したような大雨だったため、パリ市民の多くが筆者と同じくテレビでシャンゼリゼからの中継を見ていたようだが、今年は朝10時スタートにも関わらず、8時の時点で既にかなりの混雑ぶりだった。
今年はフランスの海外領年のため(なお、2010年はアフリカ年であった)、その式典で幕を開けた。毎年恒例である空軍によるトリコロールのデモンストレーションも、空にやや雲が多かったものの、見事であった。そして、海外領の軍を先頭に行進がスタート。今年はパリの消防組織設立200年記念でもあるため、消防隊員達によるデモンストレーションも行われた。最後に仏大統領ニコラ・サルコジ氏が登場し、正午にすべての行程が終了した。

Feu d’artifice
朝から既に4時間近く立ちっぱなしだったので、夜に備えて午後は少し休憩。しかし、実は花火の方の場所取りはさらに過酷なのだ。朝から既に、夜に封鎖する予定の場所にはフェンスと兵士、あるいは警察官がスタンバイ済みで、エッフェル塔の付近は、車両通行止めなのは言うに及ばず、近隣住民以外の徒歩の人間が通れる道も制限されており、途中では手荷物検査(アルコールの持ち込み検査)も通過しなければならない。やっとシャン・ド・マルスにたどりついたと思ったら、今度はこれまた人の合間をぬって、花火の全貌を見れそうな場所を確保しなければならない。このため、もう少しゆったりと花火見物をしたい場合は、少し離れた場所に陣取るのがいいのだが、それはそれで、よく見える場所は夕方の7時過ぎにはすでに人で埋まっているので、早めに場所を確保し、そこで夕飯を食べつつ、夜10時過ぎからのセレモニー、そして実際の花火が始まる夜11時近くまで待つ覚悟がいる。いざ花火が始まってしまえば、終了までは30分ほどであるのだが・・・
この他にも、セーヌから船に乗って見るという手段もあるが、早めの予約が必要。なお、全貌まで見れなくても構わないということであれば、シャン・ド・マルスから数本離れた橋の上からでも一部の打ち上げ花火を見ることは可能だ。

 

 

 

 

 

 

Bal des pompiers
パリの革命記念日で、もうひとつ忘れてはいけないのがBal des pompiers (バル・デ・ポンピエ)。あこがれの職業のひとつである「パリの消防士」達が、彼らの仕事場に人々をまねいて、ダンスパーティーを催してくれるのだ。消防士達とその家族のために、7月14日の夜に演劇やショー、オーケストラの音楽にダンス、ジムナスティックといった、内容盛りだくさんのお祭りを催していたのが、このバルの発祥だ。一説によれば、1937年に近隣の人々が興味を持ってそれに参加し、その翌年からは現在のように老若男女、出自問わずに参加可能なダンスパーティーが、パリや近郊各地の消防署で催されるようになったという。
2011年現在、かつてのオーケストラはなかなか見られなくなったものの、誰でも参加可能という点はかわっていない。7月13日か14日の夜(あるいは両方)21時頃にスタートして、明朝4時ぐらいまで続く。パリ6区の消防署では、カップルや家族連れでの参加も多かった。一方、素敵な消防士との出会いを期待して、かなり気合いを入れてめかしこんできたと思われる人々もちらほら。しかし、ここでもやはり入るまでに大行列に耐えることは必至なので、1時間ほど外に立っていても苦にならない格好で出かけることをお忘れなく。

 

なお、あまりの人出のために掲載可能な写真がほとんど撮れなかったので、映像に関してはパリ市のサイトでお楽しみください。エッフェル塔の花火の動画も閲覧可能です。
http://14juillet.paris.fr/index.html (パリ市の特設サイト)

2011年7月、パリ

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